この記事の立場
私は、AIのエネルギー効率を測ることには大きな意味があると考えている。
より少ない資源で、同じ仕事をこなせるのであれば、それは明確な技術的進歩である。
しかし、「知性効率」という言葉を使うときには慎重になりたい。
効率は普通、
text 効率 = 得られた成果 / 投入した資源のように表せる。
一見すると単純な式である。
しかし、この式には少なくとも四つの選択が隠れている。
何を成果として数えるのか。
何を資源として数えるのか。
どこまでを一つのシステムとして数えるのか。
どの時間幅を切り取るのか。
そして、さらに厄介なのは、現在の性能が成立するまでの過程をどこまで過去のものとして無視するかである。
人間の脳が約20Wで働くという数字は驚異的である。
しかし、その20Wには、脳がそこまで発達するまでの時間も、教育も、睡眠も、身体も入っていない。
AIの推論時電力を測ることにも意味がある。
しかし、その数字には、学習計算、GPUの製造、データセンター、電力網、そしてそれらを可能にした科学技術の蓄積は普通入っていない。
効率は、世界からそのまま読み取れる一つの属性ではない。世界をどこで切り取るかを決めたとき、初めて現れる数字なのではないか。
だからこの記事で考えたいのは、
人間とAIのどちらが省エネなのか。
ではない。
「知性効率」という数字を作るとき、私たちは何を計算に入れ、何を計算の外へ置いているのか。
それが今回の問いである。
「脳は20W」という数字に魅了された
人間の脳について調べると、しばしば一つの数字に出会う。
約20W。
成人の脳は体重の約2%程度でありながら、安静時の全身酸素消費の約20%を占める。脳全体の代謝エネルギーは、おおよそ20W程度と見積もられている。
この数字は直感的に驚く。
人間は、この小さな電力規模の脳で、
- 会話する
- 顔を認識する
- 新しい状況へ適応する
- 身体を制御する
- 過去を思い出す
- 将来を想像する
- 他者の意図を推測する
- 抽象的な問題を考える
といったことを行っている。
一方、現代のAIでは高性能GPUや大規模なデータセンターが使われる。
そこだけを並べると、
脳は20Wなのに、AIはなぜ数百W、あるいはそれ以上の計算資源を必要とするのか。
と考えたくなる。
私自身、以前はこの比較に強く惹かれていた。
そして、
知性そのものを、単位電力あたりで比較できるのではないか。
と考えた。
しかし今は、その問いをそのまま置くことに違和感がある。
まず、「知性」と呼んでいるものが同じなのか。
次に、「20W」とGPUの消費電力が同じ境界を測っているのか。
そしてさらに、その性能が成立するまでの時間を無視してよいのか。
という問題があるからである。
「Intelligence per Watt」は本当に指標になった
興味深いことに、この発想は単なる思考実験ではない。
2025年、Saad-Falconらは Intelligence per Watt(IPW) という指標を提案した。
概念的には、
text IPW = タスクに対する正答率 / 推論時の消費電力
である。
彼らは20を超えるlocal language model、8種類のアクセラレータ、100万件規模のsingle-turn chat・reasoning queryを用い、正答率、エネルギー、レイテンシ(応答遅延)、消費電力を測定した。
この研究の目的は明確である。
電力制約のあるローカル端末で、どのモデルとアクセラレータの組合せが、必要な性能を最も効率的に実現できるかを比較する。
これは実用上かなり有益な問いだと思う。
私自身、ローカルLLMを扱う立場から見ても、単に最大のモデルを動かすのではなく、
必要な能力を、どの程度の資源で実現できるか。
を考えることには大きな意味がある。
しかし、このIPWという名前は哲学的にも面白い。
なぜなら、分子に置かれている「intelligence」の実体は、ここでは特定タスク集合に対する正答率というproxyだからである。
分子の問題――正答率は「知性」なのか
科学や工学では、直接測れない概念を観測可能な指標へ置き換える。
これは必要な操作である。
数学問題の正答率。
チャット回答の評価点。
タスク成功率。
こうした指標は、特定の能力を比較するうえで役に立つ。
しかし、操作的な定義と概念そのものは同じではない。
例えば知性に、
- 未知の環境への適応
- 少数の経験からの学習
- 長期的な計画
- 身体を通じた認識
- 他者との協調
- 自分自身の状態の理解
- 問題そのものを発見する能力
- 目標自体を問い直す能力
まで含めるなら、急に一つの正答率では表しにくくなる。
ここで、05で考えた問題が再び現れる。
測定できることと、測りたいものを測れていることは同じではない。
IPWが悪いのではない。
対象タスクを限定すれば、有用な指標になりうる。
問題は、
text accuracy / watt
という操作的定義を、そのまま
text intelligence / watt
という存在論的な比較へ読み替えてしまうことである。
分母の問題――何ワットまで数えるのか
次に分母を見る。
「消費電力」と言っても、どこからどこまでを含めればよいのだろう。
GPUだけを見る。
CPUも含める。
メモリも含める。
コンピュータ全体を見る。
ネットワークも含める。
データセンターの冷却まで含める。
発電側の損失まで考える。
境界を広げるたびに数字は変わる。
人間も同じである。
「脳は約20W」という数字は、脳の代謝エネルギーについての数字である。
人間一人の総エネルギー消費ではない。
脳は心臓や呼吸などの制御に関わるが、心臓、筋肉、肝臓、体温維持などが消費するエネルギーまで20Wに含まれているわけではない。
さらに、人間の知性は脳だけを真空中に置いて成立しているわけでもない。
眼や耳を含む身体から情報を受け取り、他者と相互作用し、言語や文化を利用している。
だから、
text 脳 20W vs GPU 数百W
だけでは、同じシステム境界を比較したことにはならない。
ワットだけでなく、時間も必要になる
もう一つ重要なのは、ワットがエネルギーそのものではないことである。
text 1 W = 1 J / s
ワットは、単位時間あたりにどれだけエネルギーを使っているかを表す。
ある仕事を完了するまでの総エネルギーを見るなら、時間も必要になる。
例えば、
text 100 W × 1 s = 100 J 20 W × 10 s = 200 J
である。
瞬間的な消費電力だけ見れば20Wのシステムが小さい。
しかし一仕事あたりの総エネルギーでは逆転する。
端末の熱設計やbattery budgetを考えるなら消費電力が重要かもしれない。
環境負荷や一仕事あたりの資源を考えるならエネルギーが重要かもしれない。
応答時間まで重要ならレイテンシの測定も必要になる。
つまり、分母を電力と決めた時点でも、すでに特定の問いを選んでいる。
時間境界の問題――脳20Wは「完成品」の一瞬を見ている
ここからが、私にとって最も重要な違和感である。
仮に成熟した成人の脳と、稼働中のAIアクセラレータを比較するとする。
その瞬間だけを見れば、20Wという脳の代謝電力は驚異的である。
しかし、その脳は突然20Wの装置として完成したわけではない。
胎児期から身体とともに発達した。
幼少期から何年も世界を見た。
言葉を覚えた。
学校で学んだ。
他人から知識を受け取った。
失敗を繰り返した。
そして今も、連続して同じ性能を発揮できるわけではない。
人間は睡眠を必要とする。
もちろん、睡眠中に脳が停止するわけではない。脳の代謝は睡眠中にも大きく続いている。
しかし、長時間覚醒し続ければ注意、作業記憶、学習などの認知性能は低下する。
つまり、人間の知性を「持続的に運用するシステム」として見るなら、睡眠を含む周期そのものが運用条件である。
一方、AIサービスは眠らないように見える。
個々のGPUやサーバーには故障も保守もあるが、複製、冗長化、交換によってサービスとしては24時間動かし続けることができる。
すると、
ある瞬間の性能 / 電力
だけを見るのか、
一日、一年といった期間に提供できた仕事 / 総資源
を見るのかで、比較結果は変わる。
効率には、システム境界だけでなく時間境界がある。
AIも「完成品」として突然現れたわけではない
もちろん、この議論を人間にだけ適用するのは公平ではない。
AIも突然データセンターに現れたわけではない。
モデルを学習するための計算がある。
学習データを収集・整備する人間の仕事がある。
GPUを製造する必要がある。
半導体工場が必要である。
冷却設備、電力網、ネットワーク、鉱物資源、物流が必要である。
さらに遡れば、現在のGPUを作るためには、
- 半導体工学
- 電磁気学
- 量子力学
- 数学
- コンピュータ科学
- 精密加工
- 国際的な産業基盤
といった長い科学技術の蓄積が必要だった。
では、それらをAIの「成立コスト」に含めるべきなのだろうか。
ここまで来ると、境界は際限なく後退する。
しかし人間側も同じである。
現代人が数学を解けるのは、その一人の脳だけの成果ではない。
数体系がある。
文字がある。
学校がある。
書籍がある。
科学の蓄積がある。
他者が作った言葉で考えている。
人間もAIも、巨大な歴史の末端で現在の性能を発揮している。
文明史全体を電力量へ換算して配賦することは、実用的にはほとんど意味をなさない。
しかし、この極端な思考実験は一つのことを示している。
効率を計算するには、どこかで過去を切り捨てなければならない。
その切断位置は、自然法則が自動的に決めてくれるわけではない。
三つの「効率」を分けてみる
この混乱を少し整理するために、少なくとも三つの尺度を分けて考えたい。
1. 瞬間効率
text 瞬間効率 = その時点の性能 / その時点の電力
成熟した脳の20Wや、AIアクセラレータの推論時の消費電力を比較するのは、この考え方に近い。
電力制約や熱的制約を考えるには有用である。
2. 運用効率
text 運用効率 = 一定期間に提供した仕事 / その期間に必要だった総資源
ここでは稼働時間、睡眠、保守、冷却、冗長化、故障交換などが問題になる。
AIサービスの24時間運用と、人間の睡眠を含む生活周期を考えるならこちらに近い。
3. ライフサイクル効率
text ライフサイクル効率 = 生涯・耐用期間に生み出した成果 / 生産・学習・維持・廃棄まで含む総資源
人間なら発達や教育をどこまで含めるのか。
AIなら学習、GPU製造、データセンターの建設、廃棄をどこまで含めるのか。
ここまで広げるほど、測定は難しくなる。
そしてさらに文明史まで含めようとすれば、もはや一意な答えはなくなる。
この三つは、どれか一つだけが「正しい効率」なのではない。
違う問いに答えている。
効率が上がれば、総消費が下がるとは限らない
AIについてもう一つ分けておきたいことがある。
一回のAIタスクに必要なエネルギーと、社会全体のAI電力需要は同じではない。
近年、ハードウェアとソフトウェアの改善によって、個々のAIタスク当たりのエネルギー消費は急速に低下している。
一方で、AIを使う人と回数は増えている。
さらに、simple text generationより大幅に計算負荷の高いreasoning、agentic task、video generationなども普及している。
そのため、
一回あたりは効率化しているのに、全体の消費電力は増える。
ことが起こりうる。
つまり、
IPWが改善した。
と、
AIが持続可能になった。
も同義ではない。
ここでも、何を分母とし、どの時間幅を見るかが重要になる。
脳から学ぶべきなのは「20W」という数字だけではない
それでも私は、脳のエネルギー効率からAIが学ぶことには大きな意味があると思う。
ただし、
脳が20Wだから、20WのAIを作れば人間の知性に近づく。
という意味ではない。
脳と現在のデジタルコンピュータでは、計算のアーキテクチャ自体が異なる。
従来型コンピュータでは、計算装置とメモリの間でデータを移動すること自体が大きなエネルギーコストになる。
神経系では、記憶と計算がより密接に結びつき、活動も時間的・空間的にスパースである。
こうした特徴を工学的に利用しようとするのがneuromorphic computingなどの研究である。
ここでも、
脳型にすれば意識が生まれる。
という話とは分けたい。
エネルギー効率の改善と、知性や意識の存在論は別問題である。
では「知性効率」という指標は捨てるべきなのか
ここまで定義が揺れるなら、知性効率など測らなければよいのだろうか。
私はそうは考えない。
むしろ、境界を明示すれば非常に有用になる。
例えば、
text 対象タスク: single-turn chat / reasoning 成果: 正答率 システム境界: model + accelerator 条件: local inference 資源: 推論中の平均消費電力 時間境界: 1 queryの推論時
と定義する。
この条件なら、IPWには明確な意味がある。
特定のタスクを電力制約のある端末で処理するモデルとアクセラレータの組合せを比較するための工学指標として使える。
問題なのは、
この条件でIPWが高い。
から、
このシステムは人間より知的に効率的である。
へ飛躍することである。
私は、指標を疑うということは数字を捨てることではないと思う。
その数字を成立させるために何を固定し、何を外へ置いたのかを忘れないこと。
それが必要なのだと思う。
効率は、対象の属性ではなく「関係」なのかもしれない
ここまで考えて、私は「効率」というものを以前とは少し違って見るようになった。
あるAIについて、
効率的である。
と言うだけでは情報が足りない。
何のタスクに対して効率的なのか。
どの環境で測ったのか。
どこまでをシステムに含めたのか。
どの時間幅を見たのか。
どの成立過程を過去のコストとして除外したのか。
概念的には、
text Efficiency = Performance(task, environment) / Resource(system boundary, time horizon, lifecycle boundary)
くらいに考えた方が近い。
すると効率は、システム内部に固定された一つの性質ではなく、
タスク、環境、評価指標、システム境界、時間境界の関係から生じる量
に見えてくる。
これは育種研究で見てきたことにも少し似ている。
ある品種が「優秀」かどうかは、評価する環境や育種目標から完全には独立していない。
AIが「高性能」かどうかも、与えるタスクによって変わる。
そしてAIが「高効率」かどうかも、何を成果とし、何をコストとするかによって変わる。
数字は客観的に計算できても、どの数字を計算するかは計算の外側で決めなければならない。
反論・限界――ここまで言えば何も比較できなくならないか
当然、反論がある。
すべての成立過程や文明史まで考え始めたら、何も測れないではないか。
その通りである。
だから私は、あらゆるコストを一つの数字に押し込むべきだとは考えていない。
科学や工学では、複雑な世界を比較するために境界を置く必要がある。
正答率も、FLOPS/Wも、トークン当たりのエネルギー消費も、IPWも、適切な問いに対しては有用である。
重要なのは、
有用なproxyであること
と、
対象そのものを完全に表現していること
を区別することだと思う。
また、人間とAIを完全に同じ条件で比較すること自体が難しい。
人間は一個体として発達し、身体を持ち、睡眠と覚醒を繰り返し、社会の中で学ぶ。
AIは一度学習したモデル重みを複製し、複数のハードウェア上で同時に動かせる。
一つのGPUが壊れても、同じモデルは別の装置で継続できる。
この違いをどのように一つの効率指標へ入れるかに、唯一の正解があるとは思わない。
だから、
人間はAIより何倍効率的である。
あるいは、
AIは人間の知性効率を超えた。
という一つの数字には、かなり慎重でありたい。
今のところの私の結論
人間の脳が約20W規模の代謝エネルギーで機能しているという事実は、今でも私にとって驚異的である。
AIのエネルギー効率を改善することにも、大きな技術的・社会的価値がある。
Intelligence per Wattという指標も、特定のタスク、モデル、アクセラレータを比較する目的には有用だと思う。
しかし、
「知性効率」という一つの数字が、知性そのものの効率を表している。
とは考えない。
分子には、
何を知性として数えるか。
という選択がある。
分母には、
何を資源として数えるか。
という選択がある。
そして、
どこまでを一つのシステムとするか。
どの時間幅を見るか。
現在の性能が成立するまでのどこまでをコストに含めるか。
によって答えは変わる。
だから今の私は、
人間とAIのどちらが効率的かという問いに、一つの答えがあるとは思わない。
比較はできる。
ただし、その比較結果は、
text 何を知性としたか × 何を資源としたか × どこまでをシステムとしたか × どの時間幅を見たか
に依存する。
重要なのは、最も印象的な効率の数字を探すことではない。
その数字を成立させるために、何を計算から外したのかを明示すること。
それが、効率という指標を使うときの最低条件なのだと思う。
03では、最適化は目的関数を決めてくれないと考えた。
05では、一つの目的へ最適化するとき、何を失うのかを考えた。
そして06では、その目的関数に入れる「効率」という数字そのものにも、すでに境界設定と選択が含まれていることが見えてきた。
測定は世界を単純化する。
単純化するから比較できる。
比較できるから改善できる。
しかし同時に、
単純化したときに何を落としたのかを忘れてはいけない。
次に考えてみませんか?
もし「知性」を、測定可能なタスク性能に限定すれば、人間とAIは比較しやすくなる。
しかし、そのとき評価式の外へ落ちるものがある。
主観的な経験である。
AIが赤色を正しく分類できる。
雨について詩を書くことができる。
「雨の匂いは懐かしい」と、人間以上に美しく説明できる。
そのとき、そのAIは雨の匂いを知っていると言えるのだろうか。
それとも、
雨の匂いについて正確に処理できること
と、
雨の匂いがすること
の間には、まだ何か違いがあるのだろうか。
次の記事では、「知性」という測定可能な性能の外側に残ったもの――クオリアについて考えてみたい。
参考文献
- Saad-Falcon, J., Narayan, A., Akengin, H. O., et al. (2025). Intelligence per Watt: Measuring Intelligence Efficiency of Local AI. arXiv:2511.07885.
- International Energy Agency. (2026). Key Questions on Energy and AI.
- Siesjö, B. K. et al. Cerebral metabolic rateに関する基礎的知見。NCBI Bookshelf Basic Neurochemistry: Regulation of Cerebral Metabolic Rate. 脳全体の代謝エネルギーを約20Wと見積もる。
- Krause, A. J., Simon, E. B., Mander, B. A., et al. (2017). The sleep-deprived human brain. Nature Reviews Neuroscience, 18, 404–418.
- Hudson, A. N., Van Dongen, H. P. A., & Honn, K. A. (2020). Sleep deprivation, vigilant attention, and brain function: a review. Neuropsychopharmacology, 45, 21–30.
編集注(2026-09-05)
旧稿では、人間の脳が約20Wで機能することと、AIが大規模な計算資源を必要とすることを対比し、「人間の知性効率をAIは超えられるか」という問いを中心に据えていた。
今回の改稿では、人間とAIの単純な省エネルギー比較から離れ、「知性効率」という指標を成立させる境界設定そのものを中心的な問いに置いた。
2025年に提案されたIntelligence per Watt(IPW)を、特定タスクにおけるモデルとアクセラレータの比較の有用な工学指標として位置づけつつ、タスクの正答率は知性のproxyであり、推論時の消費電力も設定したシステム境界の内側だけを測ることを明確にした。
さらに、脳の約20Wという値も成熟した脳のある時間断面を切り取った値であり、発達、教育、身体、睡眠を含む運用周期を含まないことを論点に加えた。AI側についても、学習、GPU製造、データセンターのインフラなど、成立過程をどこまで含めるかで比較が変わる。
最終的に、効率を対象に内在する一つの属性ではなく、タスク・評価指標・システム境界・時間境界・ライフサイクル境界の関係から定義される量として捉え直した。